Product

製品紹介

UP FEF-3 844

完売お礼有難うございました

UP仕様

キット:750,000(税別)

完成品:950,000(税別)

グレイハウンド仕様

キット:780,000(税別)

完成品:980,000(税別)


UP最後の蒸気機関車UP844「FEF-3形蒸気機関車」の歴史

FEF(工フィーエフ)とは、軸配置(4-8-4)の 「Four(フォー)・Eight(=イト)Four(フォー)」の省略になります。

Union Pacific FEF の歴史

1926年12月アメリカン・ロコモティブ=アルコ[American Locomotive Company (ALCO)]はNorthern Pacific Railroadに最初の4-8-4機関車12台を納入しました。これらの新しいエンジンの呼称を考えるに当たり、NP当局はNorthern typeと呼ぶことに決めた。これらの呼称は後になって殆どの路線で幅広く受け入れられたが、何社か例えばNYC railroadはナイアガラ(Niagara’s)、LackawannaはPoconos、C&OはGreenbrier’s, RF&PはGovernorsと呼ぶことに決めた。4-8-4型は非連結式蒸気機関車の究極の発展へと進化していき、近代的アメリカの蒸気機関車の標準となった。全てのアメリカの大手鉄道会社は、これを使用し、1125台が建造され、最後の機関車は1950年のNorfolk & Western向けの613番であった。

Union Pacificは1936年、最初の4-8-4型をALCOに発注し、それらを単純にfour-eight –fourを短縮してFEF’sと命名した。UP FEF’sは800の連番で管理された為、全製造シリーズとしてはしばしばeight hundredsとして引用されました。


UP800 シリーズは十年以上に亘りトップUP客車を牽引してきました4-8-2“Mountain”の様な旧式蒸気機関車の短所を改善し進化しました。大恐慌時代後の速度及び積み荷の増加の要求により、新しい牽引力が必要とされた時、UPの社長William JeffersはOmaha NEとCheyenne WY間を16台の客車を牽引出来る馬力を持ち、最高速度70マイル/時間(112km/h)でノンストップの自力走行が出来る新しい機関車を作る様命じました。Otto Jabelmannと彼のチームは現存する4-8-4型の設計を査定し、UP路線で必要とされる要求を満たす為に必要な改善をしました。UP職員が設計を見直す為にSchenectady NYにあるALCOを訪問した時、ALCO技術陣は要求を受け入れ9か月で1936年の9月に最初に注文された20台を納入した。


FEF-3

第二次世界大戦の直接的影響で第3のシリーズである10台のFEF’sが必要となった。ヨーロッパの戦争は終わりに近づき、戦争は太平洋地域にシフトされたので、軍部は西海岸方面への鉄道を25パーセント増強した。1944年夏、Union Pacificは軍需生産委員会から10台の機関車の追加生産許可を得た。これらは835-844と番号が付けられた。1937年にはGeneral Motors Electro Division (EMD)製のディーゼル機関車が主な蒸気機関車路線にとって換えられ始め、UPは、もし軍需生産委員会が、EMDが生産能力の多くを必要とするUS Navy向けディーゼルエンジンに対し優先生産の順位を認めなかったら、10台もの蒸気機関車を発注することなど全く考えていなかった。10台のFEF3機関車は第二シリーズより沢山の改良がなされたが、外見はほぼ同じであった。最も特筆すべき変更はツインスタックと呼ばれる2つの煙突穴と前面の排気シュラウド上の給水ヒータの追加装備であった。新しい4つの排気ノズルが装備されたツイン排気ブラストマニュホールドは蒸気の力を改善した。再設計で中空ピストンロッドが設置され、高速下での往復力を減ずる為主連棒を軽くした。予期せぬ問題が新しい並んだ2つの煙突の設計から生じた。それは煙室のバックプレッシャーを減じることは出来たが、低速運転時あるいは下り運転の際、排煙管流を引き起こした。これが原因で反射板を設置することになった。そしてこれは主としてNYCと Boston & Maineの様な他の路線でも有効となった。FEF Locomotive 840は新しいデフレクター 開発機として選ばれ、最適な除煙板形状が確立されるまでArcher Hillでテストされた。二年以内に全てのFEF2 とFEF3に除煙板が装備され1950年までに未だ稼働していた何台かの800型初期の機関車にもこれらが装備された。


FEFは素晴らしい運行記録を打ち立て、4100-4500馬力を生んだ設計の傑作と考えられた。これらは1390マイル(約21万キロ)に及ぶUPの広大な鉄道網の中で完璧に輸送の業務をこなした。定期的なサービスでの通常の累積マイレージは月14,000マイル(22530km)。動輪を交換する前の平均の累積マイレージはほぼ130,000マイル(約210万km)であった。石炭焚きのエンジンオーバーホールは200,000マイル(約32万km)で煙管の交換が必要だった。これはその後増えオイル焚きでは300,000マイル(約43万km)になった。


800型の運行割り当ては北西部にあるオレゴン州の”Portland Rose”, 中西部のネブラスカ州からカリフォルニア州 までの 2,826 km(1,756マイル)を走る山越えの大陸横断線として有名な“Pacific Limited”, “Overland Limited”, “National Parks Special”, “The Gold Coast”, “Transcon”, “Los Angeles Challenger” とネーミングは少ないが同様に軍隊用汽車、特急郵便車、生鮮食料品運搬用等であった。大戦後、全てのFEFは石炭からオイル焚きに変えられた。運行部門の新しい安全基準によりヘッドライトの上に赤いライトをつける様義務づけられた。この赤いライトは緊急時、運行時、駅で停車中に作動した。


思い出深い変更の一つは1941年から1946年に作られたグレーのプルマン標準客車運行に合わせる為1946年に適用されたツートングレー塗装がある。FEF#809は初めて銀帯のツートングレー塗装が施されたモデルです。このプログラムの間に既にディーゼル化が進んでいる状況の中UPは新しい流線型客車であり、後にUP エクスカージョン・トレインと呼ばれる客車を手に入れた。

旅客部門では、この新しい客車をより映えさせる為に、全ての客車には黄色いストライプを特徴とする様に変更した。このイエローストライピングの客車は通常の機関車運行の間隙を縫って運航された。

しかしながら1952年までにはディーゼルが客車用として蒸気機関車にとって代わり、全てのFEFは黒いカラーリングに戻った。1950年代終わりには蒸気機関車の運行は終わり、800型最後の#844は実験的に除雪融雪業務の為に白羽の矢が立てられた。このおかげで、この蒸気機関車はスクラップにされることから逃れることが出来た。#844は他の意義のある機関車と共にNorth Plattに最初に保管され、その後Cheyenneに移動しUPの記念プログラム(Union pacific Heritage program)の管理下で、特別運行用蒸気機関車(steam excursion specials)として動かせる状態で保管された。FEF3 #844とChallenger#3984は中西部の大平原から西海岸までの広大な距離をまたがる北アメリカ大陸の工業化において鉄道としての役割を思い出させるものであった。


アスターホビージャパンはお客様に喜んで頂く為にAster Hobby USALLCのHans Huwyler の助力を得てこの歴史的機関車シリーズのtwo live steam versionを黒とグレーのカラーリングで設計し, 製作した。もしあなたが既にAster UP Big Boy やUP Challengerを保有しているラッキーなオーナ様でしたら、FEF3はあなたのこれら有名なアメリカの蒸気機関車時代の機関車の収集価値を更に高めることになるでしょう。

製品スペック

縮尺 1/32 Gauge one (45 mm)
総重量 14.0kg (locomotive 10.0kg + tender 4.0kg)
全長 1100mm (Engine660mm + tender 460mm)
全幅 110mm
全高 165mm
車輪配列 4-8-4 NORTHERN
動輪径 63.5mm
先従輪径 33mm
炭水車車輪径 33mm
自動給水ポンプ Φ6mm X24mm
シリンダー dia15mm X 24mm
弁装置 ワルシャート式
ボイラータイプ C TYPE
缶水容量 800 cc
ボイラー装備 スーパーヒーター・安全弁・水面計・ブローダウンバルブ・逆止弁・加減弁・圧力計・汽笛弁
給油装置 ロスコー式
炭水車 水槽容量 1000ml ・ハンドポンプ標準装備(BORE 11 mm × STROKE 12 mm) ・燃料2次コック装備
燃料容量 容量600ml
回転最小半径 2.0m (直径4 m)

中古品について

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